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  5. 大震災から1年 町の再建に発揮される二輪車の機動力

大震災から1年 町の再建に発揮される二輪車の機動力

本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌
「Motorcycle Information」2012年4月号の記事を掲載しております。

東日本大震災から1年。被災地の再建に二輪車はどう関っているか――。宮城県仙台市交通局では、バスの安全な運行を維持するため、路線の巡視業務に初めて二輪車を活用。同県石巻市では、市立病院のスタッフが原付を日常の足として利用、被災現場での移動に役立てた。岩手県山田町では、社会福祉協議会が訪問介護サービスにバイクを活用。敷地の狭い仮設住宅への訪問にも適している。このほか、ボランティア組織は「二輪車の機動力を復興に活かしたい」といい、福島市のバイクショップは「ツーリングで元気を盛り上げたい」と張り切っている。

東日本大震災の発生(2011年3月11日)から1年が経ち、被災地では復興への希望を胸に、いまだ多くの人が生活の建て直しに追われている。本誌は二輪車に関する報道資料という立場から、被災地の再建に二輪車がどのように関っているか、現地を取材することにした。そこでは二輪車の機動力がさまざまに活用されており、あらためてその便利さが見直されている。本誌記者が見た「1年目の被災地と二輪車」をレポートする。

1年目の被災地の様子と二輪車

雪のなかを走る郵政バイク(宮城県南三陸町)雪のなかを走る郵政バイク(宮城県南三陸町)今年3月初旬、被災地で使われる二輪車を取材するため、福島、宮城、岩手の3県を訪れた。東北地方は春とは思えない冷え込みで、比較的温暖なはずの太平洋沿岸も、4日から5日にかけてかなりの積雪になった。

この天候では、とても外を走るバイクは見当たらないだろうと思ったが、ふと民家のわきから馴染みのある赤いバイクが走り出てきた。タイヤに滑り止めを装着して、黙々と郵便配達をするバイク。ここは津波でほぼ壊滅した地域だが、郵政バイクが仕事をしている風景は、町が息づいている証拠だ。

震災直後とは町の様子も違う。宮城県石巻市、同気仙沼市、岩手県陸前高田市、同大船渡市、同釜石市など、津波被害の大きかった町ではがれきがかなり整理され、更地になった土地が増えている。

1年後に同じアングルで撮影した被災地がれきが片付き新しい建物も建っている。

  • 宮城県気仙沼市・2011年3月撮影宮城県気仙沼市・2011年3月撮影
  • 同じく2012年3月撮影同じく2012年3月撮影

賑わいをみせる気仙沼市内の復興市場賑わいをみせる気仙沼市内の復興市場そうした場所に、仮設の事業所などプレハブの建物ができ始め、"復興市場"も開かれて賑わっている。本格的な経済の回復はまだこれからだが、町の活力は徐々に出てきている。

早坂サイクル・早坂武社長(新店舗で)早坂サイクル・早坂武社長(新店舗で)また、海から離れた仙台市の中心部になると、復興への明るい兆しもある。土木・建設関連などの需要拡大が好景気を呼んでおり、東北経済の牽引力になると期待されている。同市内でバイクショップを経営する株式会社早坂サイクル商会も、震災ショックをはねのけて、昨年はむしろ業績を伸ばした。今年3月8日には、市内中心部に13店目となる新店舗をオープンし、ビジネス拡大に取り組んでいる。
同社社長の早坂 武さんは、「震災から1年を前に新しい店を開くことができ、感慨もひとしおです。万一の災害時に二輪車は本当に役立ちます。市内の教習所もずっと人気が続いていますし、潜在需要はまだまだあります。これからも二輪車の魅力を世の中にしっかり伝えていきたい」と、力強く話していた。

被災地で二輪車はどのように役立ってきたか――。それを具体的に知るため、震災後、二輪車メーカーが被災地に提供した"支援バイク"の行方を追ってみた。

市営バスの安全運行をサポートするバイク

阿部さん(右)と佐々木さん阿部さん(右)と佐々木さん「バス事業の業務にバイクを使うのは初めてのことですね。全国でもここだけじゃないでしょうか」と話すのは、仙台市交通局自動車部業務課の阿部俊之さん。同市は市営バスの交通網が発達しており、市民生活の重要な足となっている。保有台数は500台以上、48路線248系統を運行し、いちばん多い時間帯で約450台のバスが市内を走っている。
「昨年の大津波で市営バスも1台流されました。ガソリン不足と交通渋滞が深刻で、職員の通勤もままならず、いかにバスの運行を維持するか危機的状況でした」と、震災直後を振り返る。その状況が落ち着きはじめた4月下旬、二輪車メーカーからの支援車両として、5台の125ccバイクが同交通局に届いた。
「当時、まだバスの路線は完全には復旧していなかったので、ちょっとした交通の混乱で大きな遅れが出ます。そういうとき、営業所の職員がバイクで出ていって、周辺の交通状況を無線でドライバーに伝え、場合によっては乗客を別のバスに誘導することもあります。バイクは機動的に動けるので現場に早く到着でき、強い味方になりますね」と、阿部さんは話す。
とくに交通事故や火災などが発生すると、交通規制が敷かれてバスが通れなくなることもあり、バイクの出番はけっして少なくない。導入以来、そうしたトラブルへの対応のために出動しているという。
また、一般にはあまり知られていないが、「路線巡回」といって、同交通局ではバスの運行前に主な路線をクルマで巡視し、道路状況の安全確認を行っている。同交通局川内営業所の佐々木求さんは、「路線巡回はバスの安全運行のため重要な業務のひとつですが、バイクならばスムースに移動できるので、効率的に巡視することができます。二輪ならではの利便性をあらためて実感しました」と、評価はかなり高い。
そして阿部さんも佐々木さんも、プライベートでは大型バイクの愛好家。「交通局の職員は、当然のことながら乗り物好きが多いのです。二輪免許も多くの職員が持っていますから、バイクを仕事に活かせるのは嬉しいことですよ」と、阿部さん。
震災による混乱から市民の足を守るため、同交通局ではこの1年間必死に取り組んできた。そこに初めて二輪車が導入され、仕事の効率化に役立っている。こうした新しい二輪車の活用法が、さらに広がることも期待できそうだ。

クルマを流された病院スタッフの足として

石巻市立病院の遠藤さん(左)と齋藤さん石巻市立病院の遠藤さん(左)と齋藤さん宮城県石巻市南浜町にあった石巻市立病院は、津波の直撃を受けて1階が水没し、さらに地盤が沈下したため施設の再生は断念された。震災後は、町の高台に診療所を仮設して医療を続けてきたが(今年2月29日業務終了)、同市では2015年度中の開業を目指して、新しい市立病院の建設を進めることになった。
仮設診療所を訪ねると、二輪車メーカーから提供された2台の原付スクーターが玄関口に置かれていた。昨年4月下旬に届いて以来、同病院のスタッフによって日常的に使われている。
この支援をきっかけにバイクに乗るようになった総務課の遠藤敏明さんは、「診療所は駐車スペースが少ないので職員はクルマを使えないし、高台にあるため坂がきつくて自転車ではたいへん。もともとバイクにはあまりなじみがなかったんですが、乗ってみたら便利なことを実感しました。それに、すごく燃費がいいので驚いています」と、初めて使った印象を話す。

津波に襲われた石巻市立病院津波に襲われた石巻市立病院震災のとき、被災した病院では、駐車場にあった職員のクルマがほとんど流された。同病院で薬剤師を務める齋藤有紀さんは、「私もクルマが流されて、支援バイクには助けられました。なにしろ津波の被害にあった区域は、がれきと海水でクルマではまともに通れないし、軽くて小さいバイクだからこそ自由な移動ができました。この1年は、日常の行動範囲や仕事の効率の面で、本当にバイクに助けられたと思います」と振り返る。

津波に襲われた石巻市立病院手の施しようがない病院内部(2012年3月)齋藤さんは、この支援バイクを使って、被災した病院と仮設診療所の間を毎日何往復もしている。「閉鎖された病院のなかには、膨大な書類や資料が残されています。その整理と処分にいまだに忙殺されているところです」という。
津波被害が深刻だった地域では、けっして震災は終わっていない。まだまだ手探りの被災生活を、二輪車はともに歩んでいる。

お年寄りへの訪問介護サービスに活用

社会福祉協議会の柵山さん(右)と高橋さん社会福祉協議会の柵山さん(右)と高橋さん 岩手県下閉伊郡山田町。震災前、同町社会福祉協議会が業務に使っていたクルマの数は30台以上。ところが、津波のあとに残ったのはわずか10台だった。このため、医療ボランティアや介護ボランティアの移動手段が足りなくなり、住民への福祉サービスが行き届かず、歯がゆい思いが続いた。
そうしたなか昨年4月下旬、125ccの支援バイクが2台、同協議会に届けられた。介護福祉士の柵山章さんは、「自分がこれを使えば、四輪の介護車両を誰か別の人に回せる」と、真新しいバイクを見てそう思った。
若いころバイクが好きで、二輪免許を持っていた。しかし、30年ぶりにまたがってみると、使い勝手がずいぶん進化していて驚いたという。「エンジンはすぐかかるし、音は静かだし、これなら住宅街でも遠慮なく使えます」と、久しぶりに乗る二輪車に感心したという。
「とくにバイクのいいところは、仮設住宅を回るのに、とめる場所に困らないこと。仮設住宅では、駐車スペースが最小限に区画されてあるので、訪問者のぶんは用意されていないのです。バイクなら軒先にとめられるので大助かり。住民の方から『今日はかっこいいバイクで来たんだね』なんて、話がはずんだこともありました」と柵山さん。
訪問介護サービスの場合、それほど大きな荷物は必要ない。医療用手袋やタオル、マスク、筆記用具など、リュックサックに収まる程度だから、バイクでも問題なく仕事がこなせるという。
同協議会の事務局次長・高橋富士雄さんは、「訪問サービスで正式にバイクを使ったのは初めてのことです。クルマだと、行き先の違うスタッフ同士が便乗してやり繰りしているけれど、バイクなら1人ですからね、効率よく巡回できるわけです。支援バイクがこの仕事に定着すれば、バイクを使いたいというスタッフがもっと増えるでしょう」と話している。

ボランティアグループが元気に活用

支援バイクにまたがるボランティアの若者たち支援バイクにまたがるボランティアの若者たちユナイテッド・アースの現地拠点で(南三陸町) 被災地にはこれまでに多くのボランティアが足を運び、がれきの片付けや泥のかき出し、避難所でのケアなどさまざまな支援を行ってきた。民間の社会貢献共同体「ユナイテッド・アース」(事務局=NPO法人神戸国際ハーモニーアイズ協会)もそのひとつ。震災直後から宮城県本吉郡南三陸町に入り、被災者への長期支援活動「南三陸復興応援プロジェクト」を展開している。現地には4~5人の担当スタッフに加えて、全国各地の有志が常時40人ほどボランティア活動に取り組んでいる。現在は、仮設住宅でのコミュニティづくり、介護福祉施設や漁業市場での手伝い、地域児童館の立ち上げなどに協力しているという。
ベースキャンプは、海岸から2kmほど内陸に入った志津川地区に空き民家を1軒借りている。阪神淡路大震災を機に発足した組織なので、被災地での活動ノウハウがあり、地元のコミュニティに溶け込んで、住民から求められる支援活動を心がけている。今年3月には、とくに若いボランティアが増えた。話を聞くと、愛知県や長崎県など遠方から来ている学生や就職が決まったばかりの新卒者など、春休みを利用して社会貢献をしようという人たちだ。
この団体が提供を受けている支援バイクは3台。クルマを持たないボランティアの間で、急ぎの連絡や用足しが必要なとき重宝がられている。ある青年は、「ちょっとした用事があるとバイクを使わせてもらっていますが、少し走るだけでも気分がリフレッシュされるみたいで、たまに乗りたくなる」と話す。1軒に何十人も寝泊りする集団生活のため、バイクに乗るときは1人だけの貴重な時間になるわけだ。
現地担当スタッフの節田直紀さんは、「バイクは12月に届いたばかりで、寒さと雪のため、まだ本格的には活用していません。私自身、東京からここまで原付バイクに荷物を積んでやってきましたので、その利便性と経済性は十分に理解しています。もう少し暖かくなったら積極的に活用して、その機動力を町の復興に発揮したいですね」と話している。バイクに乗った若いボランティアたちが、町の再建に大いに貢献する。「ユナイテッド・アース」のこれからの活動に期待したい。

ツーリングは心の傷を癒してくれる

YSP福島の菊田社長と妻の洋子さんYSP福島の菊田社長と妻の洋子さん 被災地でのバイクショップの1年は、どのようなものだったか――。福島県では震災だけでなく原発事故もあり、復興への見通しが立たない生活が強いられている。福島市にあるバイクショップ「YSP福島」を訪ねてみた。
「それでもね、昨年は6月くらいからお客さんが戻ってきましたよ」と話すのは、社長の菊田洋一さん。妻の洋子さんは「レンタルバイクの貸し出しも増えたし、夏ごろから大型バイクが続けて売れたので助かりました」と、ホッとした表情。
東北自動車道などの無料化、県内の観光道路の無料開放も行われ、それがライダーにとってツーリングに出かけるきっかけになった。そのぶんタイヤや部品交換など整備の注文も増え、店の経営の支えにもなったという。
菊田さんは、「津波の被害とか、放射能の影響とか、いろんな心配はしたけれど、私にとってはここで淡々と生活するしかない。いつもと変わりなく店をやっていくことが大事だと思っています」と話す。店のお客さんが、ツーリングの帰りに店に寄ってくれることが嬉しい。「ライダーのツーリングステーションというか、この店が、バイクを楽しむ"受け皿"になっているなら幸せ」と、微笑む。
毎年、菊田さんがお客さんに呼びかけて実施しているツーリング会も、例年なら2、3回のところ、昨年は「また行こう、また行こう」と4回実施した。いつも十数人ほど地元ライダーが集まり、北関東方面や岩手方面など、温泉や観光を楽しんで帰ってくる。「やはり、震災に遭った人は心の傷をどこかに負ってますよ。私もみんなも、それをバイクに乗って癒したいというか、気分をリフレッシュしたいという欲求があるんだと思います。この歳になって1日に何百キロも走って疲れても、やっぱりバイクは楽しくてしょうがない」と話す。
今年も、同県内の観光道路は無料開放される。菊田さんは、地元のライダーはもちろん、遠方から福島を訪れるライダーにもしっかりサービスしていきたいと、張り切っている。

本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌
「Motorcycle Information」 http://www.mc-info.jp/ 2012年4月号の記事を掲載しております。

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