高校生の原付通学と安全教育 全国トップクラスのケース(茨城県)

本ページは、一般社団法人日本自動車工業会が発行している月刊誌「Motorcycle Information」2017年7月号の記事を掲載しております。

高校生の原付免許保有者数では茨城県が全国でもトップクラス。同県の高校は、原則的に生徒の原付免許取得を認める方針のところが多い。とくに公共交通機関が不足している地域では、原付が大事な通学手段になっている。入学希望者を増やすために原付通学を解禁した学校や、原付通学を積極的に許可することで、安全教育の機会拡大につなげている学校もある。

近年、高校生のバイク利用を禁止する「三ない運動」(免許を取らない、乗らない、買わない)に変化が起きている。2015年7月には群馬県が同運動を廃止し、埼玉県も現在、同運動を継続するかどうかの検討を重ねている。

一方で、昔から多くのバイク通学者がいて、運転実技を含めた交通安全教育に取り組んでいる県もある。その一つが茨城県。同県における原付通学と安全教育を例に、高校生とバイクの関係を考えてみた。

バイク通学許可校が多い茨城県

バイク通学許可校が多い茨城県

原付通学者の多さで全国トップクラス

高校生のバイク利用に関する指導方針や許可状況について、一般社団法人日本自動車工業会が昨年度、都道府県教育委員会(県教委)を対象にアンケート調査(*注1)を行った。これによると、原付免許を保有している生徒が多い上位3県は、(*注2) ①茨城県(4,814人)、②山梨県(3,073人)、③宮城県(1,992人)など。また、原付通学が許可されている生徒が多い上位3県は、*注2①鹿児島県(2,718人)、②茨城県(2,585人)、③山梨県(2,008人)など、という結果だった。

「三ない運動」を推進してきた群馬県や埼玉県の隣にありながら、茨城県の高校生の原付利用の多さは全国でもトップクラスとなっている。これはどのような理由によるものだろうか――。
*注1:「高校生の二輪車利用に関する全国調査」(2016年10~11月実施)
*注2:各県教委の調査によって把握されたなかでの順位であり、あくまで参考データ。原付免許保有生徒数については20の都道府県教委が調査を行っておらず、原付通学許可生徒数については19の都道府県教委が調査を行っていない。

原付利用を認め安全教育を実施する方針

茨城県教育庁学校教育部保健体育課の担当者は、同県の高校における二輪車利用の方針について次のように説明する。
「本県は、昭和56年に教育長通知(*注3)を出し、高校の生徒には自動二輪免許を取得させないよう指導しています。一方、原付免許については規制せず、原付通学の可否は、各学校が地域の実情に合わせて判断しています」

茨城県は、地形が平坦なため生活圏が県全域に広がっており、そこに高校が点在している。このため鉄道など公共交通網が十分に行き届かない地域も多い。
「とくに県東地区や県西地区にある学校は、駅が遠いなどの理由から、マイカーで送り迎えしてもらっている生徒も少なくありません。通学にかかる家庭の負担も大きく、原付通学を許可する学校が多いのも、そうした交通事情が影響していると思います」(県教委・担当者)

こうした状況にあって、県立高校(全日制)93校のうち、原付の免許取得を禁止している学校は7校(7.5%)と、他県に比べてかなり少ない。このほか“条件付き許可”が81校(87.1%)で、“制限していない”が5校(5.4%)となっている。また、原付通学を許可している学校は72校(77.4%)もある。(*注4)

県教委としては、「原付通学を認めている学校はもちろん、認めていない学校においても、運転実技を含めた安全教育をしっかり行うことが望ましいと考えています」という。このため、高校の教員(20人程度)を対象にした交通安全指導者養成研修会を年に1回行っているほか、生徒に対する安全教育として、毎年10校程度を選定し、自動車教習所での原付講習を受けさせている。選定から外れた学校も、警察や交通安全協会の協力を得て独自に原付講習を行うなど、安全教育に熱心な学校が多い。
このように、県教委および学校、地域の機関・団体の協力が、県内高校生の原付利用を支えてきたといえる。
*注3:「高校生のオートバイ事故防止対策の強化について」(1981年2月26日付 保体第87号教育長通知)
*注4:2016年1月20日調査時/茨城県教育庁学校教育部保健体育課調べ

原付通学は現実的な選択肢――つくば工科高等学校

従来禁止していた原付通学を、近年になって解禁した学校があるというので訪ねてみた。つくば市にある茨城県立つくば工科高等学校。「機械科」「ロボット工学科」「電気電子科」「建築技術科」があり、生徒数は1年生が160人、2年生と3年生がそれぞれ200人の工業高校だ。約6割の生徒が製造業など県内外の企業に就職し、若い力として頼りにされている。

生徒指導の担当教諭・茂呂 剛さんは、「本校は、工業高校としての特色を前面に打ち出して、積極的に入学希望者を募っています。このため県内の広い範囲から生徒が通ってくるわけですが、駅から学校までが遠いため、通学環境は楽ではありません」という。

周辺の主要駅は、つくばエクスプレス「みどりの」駅(学校まで約2.5km=徒歩30分)と、JR常磐線「牛久」駅(学校まで約10km=自転車40分)。駅から自転車に乗り換えて通う生徒もいる。保護者によるマイカー送迎も当たり前のように行われている状況だ。

茂呂さんは、「少子化が進むなか、入学希望者を増やすことがどの学校でも大きな課題になっています。やるべき施策はいろいろありますが、生徒の通学手段をいかに確保するかもその一つ。その問題が背景にあって、当時の校長が出したアイデアが原付通学の解禁だったのです」と振り返る。保護者にアンケートを取ったところ大きな反対もなく、同校は平成25年度から生徒の原付通学を許可している。ただし、許可を受けられるのは2年生以上とされており、自宅から学校までの距離が8km以上20km未満であることなどいくつか条件がある。ちなみに20km以上は原付でも遠すぎて危険という判断で、保護者による送迎を奨励しているという。そうした条件をクリアして、現在18人の生徒が原付で通学しているということだ。そのうちの生徒に話を聞いてみた。

バイク通学を解禁した「つくば工科高校」

バイク通学を解禁した「つくば工科高校」

■原付通学で授業への集中力が変わった

中瀬翼空さんはロボット工学科の3年生。自宅から学校まで18kmあり、2年生になるとすぐに原付通学を希望した。

「自転車だと、気合を入れて必死で漕いで、片道1時間はかかります。朝から汗だくで、ぐったりします。原付通学なら片道30分で、楽々というか、登下校するのが楽しいほどです。体力にも気力にも余裕があるので授業に集中できるし、原付通学のメリットは大きいです」と話す。

中瀬さんは、父親と一緒にバイクを選んで、ギア付きのタイプを購入。すっかりお気に入りの乗り物になっている。

バイク通学の中瀬さん(左)と永井さん

バイク通学の中瀬さん(左)と永井さん

■バイクを通じて親との会話が増えた

永井佑明さんもロボット工学科の3年生。通学距離が20km近く、原付通学をするまでは親にクルマで送迎してもらっていた。「道路が渋滞したりすると親も仕事に遅れてしまうことがあって、申し訳ない気分でした。原付通学にして両親も喜んでいます。父は、バイクに乗るなら新しいほうがいいと言って新車を購入してくれました。車体にキズをつけたりしないように大事に扱っています。メンテナンスも父に手伝ってもらったりして、バイクを通じて親との会話がだいぶ増えたと思います」と話す。

同校では、原付通学解禁から4年目を迎えているが、大きな交通事故は発生していない。学校長の山中孝男さんは、「最近は安全面にかかるコストからスクールバスの運行も難しくなっています。原付通学は高校生のための現実的な選択肢で、家庭からの理解も得られていると考えています。本校としては、いっそうの安全教育を進めることで、今後も原付通学を認めていきたい」と話している。

同校では、毎学期の初めに原付許可証交付式を行って、保護者同伴のもと、通学時の事故防止とマナーアップについて意識啓発を行っている。また、ここ3年間は、県の事業により近隣の自動車教習所で原付講習を受講させていたが、今後は、学校独自の安全教育も検討していくということだ。

昨年の原付安全講習の模様

昨年の原付安全講習の模様

200人近い生徒が原付通学――玉造工業高等学校

朝8時20分を過ぎると、子供を送る保護者のクルマが正門から車寄せへと次々入ってくる。原付で登校する生徒も途切れることなくやってきて、始業のベルが鳴るころには駐輪場がバイクでいっぱいになった。行方市にある茨城県立玉造工業高等学校は、在籍する生徒497人のうち、189人(38%)が原付で通学している。

生徒指導を担当する教諭・倉本義文さんは、「本校は、公共交通機関が乏しいという通学環境もありますが、バイク利用に関する基本方針は“乗せる指導”です」と話す。卒業生の7割は就職し、社会に出ればすぐにクルマの運転が必要になる生徒がほとんど。交通社会のルールやマナーを原付の安全運転を通じて学ばせ、クルマに移行する際にも戸惑いがないように指導しているという。

このため同校では、通学距離が短い生徒にも原付通学を許可している。希望者は1年生のうちから誰でも許可申請ができる。ただし、原付免許取得後1カ月間は、慣れるため家庭で運転を練習し、学校が毎月実施している「バイク講習」を受講した者から通学許可が下りる仕組みになっている。

特筆すべきはこの「バイク講習会」で、場所は校内にある職員用駐車場を使い、ラインを引きパイロンを置いて講習コースを作って行っている。運転指導も数人の教職員が協力しあって務めており、まさに学校独自の手作り講習会だ。倉本さんは、「この講習会は、一時停止や後方確認などの基本スキルを身に付けてもらうのが目的です。コースを走らせると技能の未熟な生徒がわかるので、その生徒には普段から『バイクどう?気をつけて乗ってる?』といった声掛けができます。わずかな時間の講習ですが、そういう教育効果は大きい」とのこと。

同校ではこのほか近隣の自動車学校の協力で、年に4回の原付講習を実施しており、年間80人が参加。同県交通安全協会が主催する「ベストライダーコンテスト」にも積極的に出場しているという。

原付通学の生徒と送迎のクルマが続々登校

原付通学の生徒と送迎のクルマが続々登校

毎月行っている「バイク講習会」

毎月行っている「バイク講習会」

■機械としてのバイクに興味が湧いてきた

機械科3年生の柏熊明莉さんは、鉾田市から約10kmを原付で通う。「私バイクが大好きなんです。車両の構造にも興味があって、はじめは2ストと4ストの違いもわかりませんでしたが、だんだん関心が湧いて、卒業後は二輪整備士を目指そうと考えているほどです。だから機械科の授業がとても面白いし、家に帰ってもバイクの整備をやったりして、朝から夜までバイクのおかげで毎日が楽しいですね」と、笑顔を見せた。

女子らしいピンク色の愛車・柏熊さん

女子らしいピンク色の愛車・柏熊さん

■通学にかかる家庭の負担が大きく減った

小美玉市から通う島田竜太さんは、機械科の3年生。通学距離は20kmを超えており、1年生の後半まではスクールバスを利用していた。「そのバスの料金が片道500円なので、通学費が1日1,000円かかっていました。親にとっても負担が大きいし、とにかく安全に乗るという約束でバイク通学に切り替えました。幹線道路はクルマの流れも速いので、周りの様子をよく見て危なくないように注意しています。そしてバイクにかかる費用ですが、1カ月5,000円程度で済んでいるので、すごい節約になっています」という。

倉本さんは、「工業高校の生徒たちは、旋盤加工や溶接など、普段から危険を伴う作業をしています。安全に関する注意を怠らないことが必要で、バイクの運転も同じです。乗り物の運転でも仕事の作業でも、道具を正しく安全に使いこなせる大人に成長してほしい」と話していた。

安全運転を心がけている島田さん

安全運転を心がけている島田さん

●問い合わせ先
一般社団法人日本自動車工業会 03-5405-6119
ホームページ www.jama.or.jp/

茨城県教育庁学校教育部保健体育課 029-301-5349
ホームページ www.edu.pref.ibaraki.jp/board/index.html

茨城県立つくば工科高等学校 029-836-1441
ホームページ www.tsukubakoka-h.ibk.ed.jp/

茨城県立玉造工業高等学校 0299-55-0138
ホームページ www.tamatsukuri-th.ibk.ed.jp/

安全運転を心がけている島田さん

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